石を削る男

「これはシュンギットだ」





男は石を削る。

ひとり、旅をしながら、まだ誰も足を踏み入れていないような地球の奥深くまで入っていき、切り立った岩壁や真っ暗闇の洞穴の中、石で岩を叩いて地表や岩盤から石を削り出すのだ。

男は背中にしょった麻袋を地面に下ろし、中から取り出した黒い石を見てニッコリと笑う。

「これはシュンギットだ。この石はカレリアでしか取れないんだ。地球上でシュンギットが取れるのはカレリアだけなんだぜ!」

「カレリア・・・ロシアの北西のかい?」

「ああ、とても美しいところで、俺の大好きな場所なんだ。もう何回行ったかわからないよ」

「へえ、一度行ってみたいな」

「今はやめたほうがいい。行くなら夏にしな」

「ああ、夏に、ね。わかったよ。ところでその石はどうやって手に入れたんだい?」

男は言葉を発することなく、満面の笑みを浮かべながら身振り手振りで答える。
石で岩壁を叩き、ボコッと取れた石をポケットに入れる。
ハハハッ、と笑い合った後、真剣な眼差しで男は言った。

「やるよ、兄弟」

出会ってすぐに意気投合、「兄弟」と呼び掛けてくるその男から手渡されたシュンギットは、ピラミッドのような三角錐形状のもの、角が丸みを帯びた長方形のもの、綺麗にカットされたもののカケラ、の3つ。どれも手の中に収まる大きさで、触ると少しヒヤッとする。
カットされた断面はツルッとしていて滑らかだが、砕かれたままの断面は炭のようにも見える。

「この石は不思議な石で、悪いものを吸収する力を持ってるんだ。悪い気、悪いエネルギーを吸い取って逃さない。部屋に置いておくと空気が浄化されて、水筒に入れると水も綺麗になるんだぜ!」

「わぁ、いいね!」

早速手持ちの水筒の蓋を開けて男にもらったシュンギットを入れようとしたが、水筒の口が小さすぎてシュンギットが中に入らない。せっかくなのでもう少し小さなシュンギットをお願いしようか。

「別のものはあるかい?」

「わかった。ちょっと待ってくれよ・・・」

男は麻袋の中に手を入れ、再び石を取り出した。その石はうっすらと白みがかった半透明の石で、小さな結晶の塊のようなものだった。こぶし大の大きさだ。

「違う違う。もう少し小さな・・・」

「オーケー!」

男はもう一度麻袋の中に手を入れ、今度は紫色に輝く美しい結晶の塊を取り出した。

「違う違う!これはジュエリーだ!」

ようやく理解した男は小さなシュンギットを探すが、水筒に入りそうな大きさのものはない。
ならば頂いた3つのうちのひとつを砕くのはどうだろうか。

「ダメだ!このシュンギットを砕いてはいけない!」

男は自分が持っていた口の大きな水筒を手渡してくれた。



石を削る男。

その男は石を生業にしているわけではない。ただ時々旅に出ては自分の手の届く範囲で地球をボコボコ叩き、大地から削り出した石をポケットに入れながら、世界の奥深くまで旅をしているのだ。

そうして様々な土地の岩壁や岩盤のカケラが時には不思議な力を持つ石となり、時には宝石の原石になる。名も無き石もたくさんあるだろう。
男の麻袋には世界が詰まっている。

「家族しか入れない」と言っていた場所に招いてくれて、短いようで長い時間を、そしてとても深くて不思議な時間を共に過ごしたとびきり破天荒な「兄弟」は、生きていく上で大切な多くのことを教えてくれた。

ヘイ、兄弟。今はどこで石を削っているんだい?



2 件のコメント :

  1. ブッダの骨を持つ男、木を植えた男、、世の中には、色んな男が居るものですね。

    返信削除
    返信
    1. 石を削る男もブッダの骨を持つ男も日本ではなかなか出会えないようなタイプで、楽しかったと同時に色々と考えさせられました。これが外国に行くひとつの目的というか、楽しみにしていた部分で、実際に良い経験だったと思います。日本でもそうですが本当に世の中にはいろんな人がいますね。

      削除