『アントンのシャシリク』 / Тяжински(?) 

2008年ロシアの旅 / 2008 RUSSIA touring 

※このシリーズは、2008年の旅行記になります。渡航情報や現地の様子などは2008年当時のもので、現在では状況が大きく異なっている可能性があります。また、記憶が曖昧な部分もあり、間違った情報が記載されている事も考えられます。何かの参考にされる方は注意してください。
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6月10日 火曜日

バイクの上に横になって2〜3時間経っただろうか。寝たか寝てないか分からないが起きて運転しよう。暇だ・・・。眠たくなったら寝よう。
真っ暗闇の中でエンジンを掛け、暇から逃げるように勢いよく走り出す。いつの間にか夜に走るのも楽しくなっていた。

アップダウンが続く夜のダートをひた走っていると、なにやら不思議な光景が目に飛び込んできた。綺麗に整った形の大きな台形が遠くに見える。高さは2メートルほどあるだろうか、今走っている道と平行して延々と続いている。
近づいて見てみると、台形にはシートが被さっている。道だ・・・。きっとアスファルトの土台なのだろう。

今自分が走っている道は砂利でデコボコ。すぐ隣の台形の上はおそらく平ら。台形に被さるシートは多分作りかけの路面を保護する為のものだろう。昼間人がいれば怒られるかもしれないが、今は夜だ、自分の他には誰もいない・・・。よし、あの上を走ろう。



台形の斜面を駆け上がると、予想通り、大きな台形の上はフラットな路面で、硬く締まっている。路面に敷かれたシートが滑りやすいが、台形の下の、さっきまで走っていた砂利道に比べれば100倍走りやすい。慎重に進む・・・。

シートを抑える重しとしてところどころに大きな岩が置かれている。その岩を避けながら、2車線ほどの道幅のフラットな台形の上を走行する。星が綺麗だ・・・。

作りかけの道、アスファルトの土台の上を走るなんて日本では考えられない事だろう。初体験で楽しくて、面白い。大きな岩を避けるのも、慣れてくるとゲームのようだ。

そのまましばらく走っていると、先の方に行き止まりを示す柵が見えてきた。柵の先は台形が途絶えている。

転ばないように注意しながら台形の斜面を下り、2メートル下の砂利道に降りる。砂利道はやはり走りにくく、ペースも上がらない。
たった数十分、数十Kmの間だったが、台形の上を走り、短時間でかなり距離を伸ばせた。まるでワープしたような感覚で、得した気分だ。ラッキー・・・。





日が昇って明るくなり、気が付くと道に迷っていた。
ガソリンタンクの上にモスクワまでに通過する町の名前を書いた紙を貼っていたが、現れるはずの街がいっこうに出てこない。標識の町の名前が見た事がないのもばかりだ。おかしい・・・。
止まって地図を確認すると、来てはいけない所に来てしまっている事が分かった。200Km間違って北に進んで、ここからモスクワにつながる道はない。戻るしかない、200キロ・・・。

あのY字の分岐点だ、確か、カンスク Канск 付近。左に進むのが正解だったのに、右に入ってそのまま200Km猛進してしまった。やってもーた往復400キロ損した・・・。
仕方がないので来た道を戻る。ガックリ・・・。





途中のマガジン(売店)でアイスをバカ食いして自分を慰めつつ怒りを鎮め、数時間かけてカンスク付近に戻る。
標識に地図を照らし合わせてみるが、分かりにくいぞこれは。誰が作ってんこの標識!
あ〜、もっと早く人に道聞いとけばよかった・・・。
Y字路を左に進み、すぐに歩いてるおじいちゃんに道を聞く。
「モスクワ プリャーマ? Москва прямо ?(モスクワまっすぐ?)」
「プリャーマプリャーマ!(まっすぐまっすぐ!)」

あ、ああ・・・ああぁ・・・。
そのまままっすぐ進む・・・。

しばらく走ると、大きな街が見えてきた。クラスノヤルスク Красноярск だ。











遠くから見るクラスノヤルスクはとても大きくて綺麗な街で、緑豊か。人も多くてなにやら楽しそうだ。
寄り道したい気持ちもあるが、そのまま幹線を先に進む。帰りに時間があれば寄っていこう。

クラスノヤルスクを超えてすぐのガソリンスタンドで給油していると、子供が3人寄ってきた。どうやらこちらに興味津々といった様子だ。
その中のひとりがバイクに乗せて欲しいと言っている。私はてっきり後部座席に乗るものだと思っていたが、どうやらそうではないようだ。
「アディン один」と言って、人差し指を立てながら笑っている。アディンは数字の「1」だ。この「アディン」は、「ひとりで」という意味か、「1回だけ」という意味か分からないが、ロシアでは珍しいハーレーを運転したがっているのは分かった。

しかし、どう考えても小学生の小さな男の子が運転出来るはずもなく、私はバイクと荷物を指差して「チジョーレ тяжелый (重い)」と言って何とか諦めるように説得し、その男の子を後部座席のわずかな隙間に乗せて周辺をタンデムした。
子供達はとびきりの笑顔を見せて喜んだが、本当は自分で運転したかったのだろう。実際、これまでに子供がロシア製のバイク、ウラル URAL を運転するのを何度か見ていた。日本と比較するとロシアではバイクに乗れる男が多いが、きっとみんな子供の頃からバイクに親しんでいるのだ。

それにしてもこんなに小さい子が、見ず知らずの外国人が乗る荷物満載のハーレーを運転したいと言い出すとは、ロシア人の好奇心と度胸には恐れ入る。
子供達と別れて走り出す。





しばらく走ると日が暮れて、すぐに辺りは暗くなった。給油ついでにカフェに立ち寄る。
店員の女にチャイを注文して席で地図を見ていると、アジア人の顔をした男が近づいてきて、窓の外を指さしている。座ったテーブル席から見える位置にXL1200を置いていたが、数人の男がXL1200を取り囲んでいるのが見える。

「They're bad boy. Be careful」
アジア人風の男は英語でこう言って私に注意を促した。どうやら外にいる連中は地元で有名な不良のようだ。しばらく様子を伺っていると注文したチャイが来た。アジア人風の男が静かにもう一度「Be careful」と言ってカフェを出る、と同時に外にいた男たちが店の内に入ってくる。
5人組、おそらく20代で年が近そうだ。目が合ったが何も言わず、私の隣の席に座った。私は気にせずチャイを飲みながら地図を見る。

すると少し遅れてもうひとりの男がカフェに入ってきた。私と目が合い、何か言いながら5人のいるテーブルに座る。この男がボスか、全部で6人だな。後から来た男はこっちを向いて座って私を見ている。私も男の方を見ると話し掛けてきた。

「あれはお前のバイクか?」
「そう」
「どこから来たんだ?」
「日本」

男は店員に何か言った後、椅子を寄せて私の前に座る。指輪状のタトゥーが目に付いた。
どうやら私に興味津々といった様子で、テーブルに身を乗り出して喋っている。

男の名前はアントン。悪い奴ではなさそうだ。すごい勢いで喋ってくる。
しばらくアントンと喋っていると、他の男たちも私の席にやってきた。そしてビールと食べ物が私の席に並ぶ。どうやらアントンが私の分も注文してくれたようだ、いっぱい食え、と言ってくれている。男たち6人とテーブルを囲む。
このあと運転するのでビールは断り、ペリメニ(水餃子)とパンとサラダをありがたく頂く。なんや、ええ奴やん。

食事を終え、支払いを店員に確認するが、やはり金は誰かが出してくれていた。みんなでカフェを出る。

XL1200の方向に歩きながらタバコに火を点ける。するとアンドリューという名の男が大笑いしだした。トロイカ(安タバコ)の箱を見られたのだ。
アンドリューは「なんでそんなん吸ってんねん!」といった感じで私の肩を抱いたあと、カフェに走っていく。

すぐに戻ってきたアンドリューの手には "高級" タバコ、West があり、その West にボールペンで何か書いている。他の男たちもアンドリューに続いて何か書いている。そしてアンドリューはそのタバコを私にくれた。West の箱にはこう書かれていた。
「Welcome to Russia」
あとは読めないが、みんなのサインか。
するとみんなが「Welcome to Russia!」と言って、私を歓迎してくれた。めちゃええ奴らやん。

しばらくみんなでXL1200を囲んで喋っていたが、いつの間にかアントンの姿がない。
アントンは?と聞くと、みんな笑っている。アンドリューが指差す先には、小屋が見える。どうやらアントンはその小屋にいるようだ。
するとアンドリューがニヤリと笑ってこう言った。
「Anton's green is best of the best」

アントンズ グリーン イズ ベスト オブ ザ ベスト・・・。アントンの緑は最高の中の最高?
遠く先にある小屋の煙突からはモクモクと煙が上がっている。その様子を見るアンドリューたちの目はキラキラと輝き、みんな一様に喜びを抑えられないといった表情だ。男たちと共に小屋に向かって歩き出す。

小屋に近づいていくと突然勢いよく小屋の扉が開き、凄まじい量の煙が飛び出してきた。その煙の中からアントンが出てきて、「準備は出来たぞ!」と大声で叫ぶ。アントンの目は真っ赤だ。隣にいるアンドリューは「ここで待つんだ」と言ってニヤリと笑う。他の男たちが小屋の中に入っていく。

一体何が始まるのだろうか・・・。
ふとアメリカ先住民の儀式が頭に浮かんだ。インディアンのある部族がドーム状の小屋の中でタバコを焚いて瞑想するというのを聞いた事があるが、この凄まじい煙はそのような、何かの儀式を連想させる。
アントンは小屋の横でむせ返っている。私の為に目を真っ赤にしながら儀式の準備をしてくれていたのか。

煙がいい匂いだ。これは・・・!?
小屋に入っていった男たちが出てくるが、両手に何か持っている。皿を持ってこっちに近付いてくるが、皿の上にあるのは、シャシリク шашлык(肉の串焼き)だ。
そうか、グリルだ!グリーンではなく、グリルだったのだ。
「Anton's grill is best of the best」
とびきり最高のグリル!アントンは大量の煙で長時間シャシリクを燻していたのだった!

アントンが早く食えと言っている。アントンにスパシーバと言ってそのシャシリクを手に取るが、匂いがもうすでに美味しい。見た目も素晴らしい焼き色が付いていて、肉汁がキラキラと輝き、最高に美味そうだ。早速ひとくち口に入れる

最高!まさに「Best of the best!」
スモークの香ばしい薫りが広がり、肉の旨みが口の中で弾ける。肉は柔らかいが弾力があり、焼き目がいいアクセントになっていてカリカリサクサク香ばしく、食感も最高だ。こんな美味い肉料理は今まで食べた事がない。人生で最高の肉料理だ。衝撃的な美味さに愕然とする。
噛んでいるともの凄い旨みがドバドバ出てきて止まらない。味覚の奥の方にまで浸透するような感覚だ。いつまでもモグモグしていたい。モグモグモグ・・・。

私はモグモグしながら「フクースナ! вкусно!(美味い!)」と言ったが、それを聞いたアントンが「あぁん?」と言って眉間にシワを寄せる。
モグモグしながら言ったので「ニ フクースナ(美味しくない)」に聞こえたのだろう。「ニ не 」は否定形だ。
私は慌てて口の中の肉を飲み込み、「オーチン オーチン フクースナ!(とてもとても美味しい!)」と言いなおす。このシャシリクが美味しくないはずがない。
それを聞いて最高の笑顔を見せたアントンとハグし、みんなで喜びを分かち合う。
Bad boyどころか最高の男たちやないか。

みんなで極上のシャシリクを頬張っていると、アントンがバイクに乗せて欲しいと言い出した。私は速攻でキーを出し、XL1200のエンジンを掛ける。XL1200の排気音でみんなのテンションが上がる。
荷物満載で重い事と、エンジンの始動方法などの基本操作をみんなに説明すると、アントンはXL1200に跨り、勢いよく幹線道路に出て走り出した。

アンドリューも他のみんなも乗りたいと言っている。もちろんOKだ。順番待ちでみんなそわそわしている。

しばらくするとアントンがものすごい勢いで帰ってきて、停車したXLから飛び降りながらみんなとハイタッチする。めちゃくちゃ興奮しているようだ、ハイテンションで全力で叫びまくっている。アントンの様子を見て、全開走行したというのが分かった。私でもアクセルを全開にした事がないのだが・・。

アントンがこっちにやってきて何か叫びながら飛びつくような勢いで私に抱きつく。喜んでもらえたようで私も嬉しい。
次はアンドリュー、次はダーニャ・・・。男たちが次々とXL1200に乗り、みんな一様に興奮して帰ってくる。

するとサイレンの音が聞こえ、パトカーがやってきた。パトカーから2人組の警官が飛び出してきてアントンたちに何か言っている。どうやら私から離れるように警告しているようだ。
アントンたちは地元で有名なワル、警官とも顔見知りのようで、激しく言い争っている。
警官が不良グループに囲まれた外国人旅行者を助けようとするのは普通の反応だが、その必要はない。

私は「ドルーッグ друг(友達)」と言って、問題ない大丈夫やとアピールする。私の言いたい事が通じたのか通じなかったのか分からないが、警官は叫びながらパトカーに乗って去っていった。激しい運転で走っていくパトカーに文句を言いながらみんなで大笑いする。

みんなと遊んでいる間に夜も遅くなっていたので、ここら辺でテントを張れる場所がないか聞くと、アントンが「ついて来い」と言って歩き出す。ついていくと、アントンはカフェの裏の扉を開けて「ここで寝ろ」と言う。中はボイラー室のようで、ベッドがひとつ置いている。
そうか、アントンはこのカフェで働いているのだ。アントンは部屋の中で散らかっていた荷物や道具を動かして、寝るスペースを作ってくれた。

アントンにスパシーバと言って寝る準備をする。蚊が多いが外で寝るより100倍いい。ベッドの上で寝れるなんてラッキーだ。ありがたい。最高に美味い飯を食わせてくれて、寝床を用意してくれた、なんていい奴なんだアントン・・・。
みんなはまだ外で喋っているようだが、先に寝かせてもらう。





眠りに入って数時間経った頃か、扉が開く音がして、誰かが中に入ってきた。アントンだ。目を開けて見ると、アントンは寝ている私と目線を合わすようにしゃがみこんで、
「俺のドキュメントを渡すから、バイクを貸してくれ」
と言ってドキュメントを私に渡そうとする。
ああ、そんなにXL1200の事を気に入ったのか。アントンならいくらでも乗っていいぞ。
私はドキュメントはいらんと言ってXL1200のキーを渡すが、アントンは受け取れと言って自分の身分証明書を私に預ける。いや、ほんまにいいのに、律儀な奴や、と思う。

「朝には戻る」と言ってアントンが部屋を飛び出すと、すぐにXL1200の排気音が響きだした。
私はアントンが用意してくれたベッドの上で目を閉じ、遠くなっていくXL1200の排気音を聞きながら、再び夢の中へと入っていった。





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