『We are waiting for you in Korolev town』モスクワ / Москва

2008年ロシアの旅 / 2008 RUSSIA touring 

※このシリーズは、2008年の旅行記になります。渡航情報や現地の様子などは2008年当時のもので、現在では状況が大きく異なっている可能性があります。また、記憶が曖昧な部分もあり、間違った情報が記載されている事も考えられます。何かの参考にされる方は注意してください。
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6月16日 月曜日

XL1200の上で寝て起きて走り出す。タイヤやばい。
しばらく走るが、標識がおかしい。まっすぐモスクワに向けて走っているはずなのに「Москва 960」の標識のあと1時間ほど走って出てきた標識が「Москва 1030」になっている。
地図で確認しても道は合っている。間違いない、標識が、おかしい。モスクワまで本当は何キロなのだろう・・・。



慎重に走行し、空が明るくなってきた頃にガソリンスタンドに入る。給油していると陽気なふたり組がやってきた。
ウラジオストクから来てモスクワまで行く、といういつもの会話だが、モスクワまでの正確な距離を知りたいのでそのふたり組に聞く。
「スコリカ キロメートル? Сколько километров?(なんキロメートル?)」

男のひとりが何か言っているが、分からない。「1,000」と言っているのだろうか?よく考えたらロシア語の数字、1から9は分かるが、10以上の言い方が分からない。
「アディン ゼロ ゼロ ゼロ? один zero zero zero?(イチゼロゼロゼロ?)」
こう聞くと男は笑って「そうそう!」と言った。あと1,000Kmか・・・。

するともうひとり男がやって来た。ふたり組の連れのようで何やら3人で話をしている。先のふたりに私の事を聞いているのだろう。あとから来た男が私に向かってこう言った。
「アディン ゼロ ゼロ ゼロ!」

モスクワまでの距離を私に分かるように言ってくれたのだが、さっき私が言った言葉そのまま。私と先のふたりは目が合って大笑い。あとから来た男はつられて笑いつつもポカンとしている。それを見てみんなで大爆笑。あとから来た男は訳が分からずに照れ笑い。
モスクワまで1,000Kmだ。

3人組にスパシーバと言って先に進む。
待っていたのはこの旅で最悪の、地獄のようなダート。赤い土が道幅の中央で山盛りになっている。高さは3メートルほどあるだろうか、その山が10メートルの間隔で延々と続いている。
山の左右は地面が大きくえぐられていて、恐ろしい轍が出来ている。モスクワ目前にこんな地獄のようなダートがあるなんて想像もしていなかった。

ガッタガタの粘土質の轍を進む。車体が大きく上下に揺れる。中央に作られた山のせいで走行可能な道幅は極端に狭くなっていて、見渡す限り平らな路面などない。轍は緩く、車体の重さでタイヤが滑る。すぐ横は崖、まさに地獄・・・。

必死に車体をコントロールして1時間ほどかけて地獄を抜けると、路面は乾燥した砂砂利に変わっていた。そのまま進むと、道がふたつに分かれているのが見える。道は同じ方向に伸びているようだが、片方はまっすぐの大きな道、もう片方は斜面を上がる細い道。車が斜面を上がっているのが見える。あっちの道の方がいいのだろうか・・・。
迷ったがまっすぐの道を選ぶ。両方未舗装だ。ならば道幅が広い方がいい。

しばらく進むと、車が立ち往生しているのが見える。水溜りだ。未舗装路に出来た池のような大きな水溜り。直径30メートルほどあるだろうか、道幅いっぱい水溜りで通れる道がない。立ち往生していた車は引き返していく。さっきの分岐点で細い方の道を選んでいたらよかったかも知れないとも思ったが、引き返すのも面倒だ。スムーズに行けても数時間ロスする・・・。

バイクを降りて通れるコースがないか確認する。水溜りの左右は切り立った絶壁。ちょうどその崖の谷間が水溜りになっている。水溜りの左側には歩けるほどの道、というかスペースがある。あそこを走るしかない。

道の左はほぼ水平に切り立った絶壁、道の右は水深不明の水溜り。道は水面から1メートルほど上。おそらくどっちに転んでも池の中。バイクにとっては命取り。でも行くしかない。
意を決してエンジンを掛け、人ひとり通れるほどの細い道にアタックする。
タイヤの幅プラスアルファほどの幅のデコボコ道。すぐ左には岩肌が迫り、右は池直行の崖。バランスを保ちながら一気に乗り越える。
命がけのアタックに無事成功し、この旅最難関のコースを攻略する。

振り返って見てとんでもない事をしたと実感する。あそこしか通れるポイントがなかったとはいえ、よくアタックしたものだ。どうやら少し神経が麻痺しているようで、それが嬉しくもあり、怖くもあった。
とにかく無事渡る事が出来た、先に進もう。

道はアスファルトに変わり、峠のアップダウンを順調に走行する。
ちょうど上り坂のカーブを走っていた時に、リアタイヤが横滑り!ズルーッと滑ってハンドルが左右にグワングワン、リアがうようよ泳ぐ。フロントとリアが別々の方向に動く。
クラッチを切ってトラクションを抜き、惰性で進みながらバランスを保ち、なんとか転倒は免れた。
あーびっくりしたー。

タイヤがバーストしたと思ったが、そうではなかった。やはり車体を傾けすぎると左側がグリップしない。工夫して走らなければ・・・。

しばらくひた走ると、交通量が増えてきた。空はもう薄暗い。
気が付くとものすごい車の量、モスクワは近い。

モスクワの巨大な環状線に入る前にヴィタリーに電話する。ハバロフスクで出会い、「モスクワに着いたら電話しろ」と言って電話番号を教えてくれていたのだ。
電話代を気にしてこれまで一度もヴィタリーに電話していなかったが、果たして電話に出てくれるだろうか?

何度かのコールの後にヴィタリーが電話に出る。今モスクワの手前だと言うと驚いている。何か言っているが何言ってるか分からない。目の前は凄まじい交通量だ。騒音が凄い。

「カラリョー!カラリョー!」
カラリョーってなんや?地図で確認する。カラリョーカラリョー。・・・分からん。

「エムボーシン!エムボーシン!」
エムボーシン、これは分かる、エム 8、つまり国道「M8」だ。

「イママテ!イママテ!」
イママテ?
ヴィタリーは少し日本語を話す。日本語か?だとしたら「今待て」だ。
どうやら電話を切ってそのまま待つように言っているようだ。言われた通りに電話を切って待つ。

するとすぐにメールが入った。見るとヴィタリーからだ。
「We are waiting for you in Korolev town」と書かれている。
さっきの「カラリョー」はKorolevの事だったのか。時間は夜の10時、空はもう真っ暗だ。

地図で確認すると、環状から放射線状に伸びる道のひとつに「M8」があった。その道を辿ると内側の環状線、モスクワの中心地から出たすぐの場所に「Королев」と書かれている。
これだ、これがKorolev town 。この街でヴィタリーが待っている・・・。

ヴィタリーに電話し、場所が分かった事を伝え、エンジンを掛けて走り出す。
モスクワの環状線は凄まじい車の量で、道がいい分流れが速い。ダート走行とは違った注意が必要で、別の怖さがある。その流れに乗って、バースト寸前のタイヤで必死に走る。
環状から「M8」に入ったところで安全な場所にXL1200を止め、ヴィタリーに電話すると、すぐに車で迎えに来てくれた。

車にはヴィタリーともうひとりの男がいる。名前はセルゲイ。簡単に挨拶を済ませて走り出す。車を運転するのはセルゲイ。彼の後に続く。

彼らの住む町、カラリョフタウンは郊外の町、というか村で、昔ながらの木造建築が並ぶ、緑が多いところだった。
セルゲイについて走るが、途中でセルゲイの車が何かを避ける。私にも注意するように促している。細い木が見えるが、よく見るとその木は大きな穴に刺さっている。マンホールだ。
蓋のないマンホールに木が入っている。きっと誰かが危険を知らせる為に蓋のないマンホールに長い木を突っ込んだのだろうが、それがそのまま長い間放置されているようだった。う〜ん、いかにもロシアらしい・・・。

木が投げ入れられた蓋のないマンホールを避け、いくつかの角を曲がると、セルゲイは車を止めて、ヴィタリーが車から降りる。どうやらヴィタリーの家に着いたようだ。セルゲイはまた明日、と言って走り出す。





ヴィタリーと彼の家です。
モスクワでカメラを買ったのですが写真の日付が合っていません。
このヴィタリーがめっちゃいいおっちゃんで、ハバロフスクでの滞在日数を超えて、
この旅一番の長居をする事になります。

 





なんとかタイヤが持ってひと安心。XL1200を庭に停め、モスクワにゴール。
ヴィタリーに連れられて家に上がると恰幅の良い女性が歓迎してくれる。女性の名前はイーラ、ヴィタリーの奥さんかな?イーラはすぐに奥の部屋に入っていく。

食卓には晩御飯が並んでいる。と言ってももう夜中、12時近い。きっと私の為に用意してくれたのだろう。
ありがたく料理を頂きながら、ヴィタリーとふたり、再会を喜ぶ。

ついさっきまで必死になって走っていたのでそんな余裕はなかったが、じわじわと感動が溢れてきた。ついに着いた、モスクワ。

ウラジオストクを出て20日、そしてハバロフスクから数えると13日だ。ハバロフスクのモーターサイクルクラブアムールタイガーのボス、アナトリオが言っていた「頑張ったら二週間で着く」の言葉は本当だった。あの言葉を信じ、頑張って、着いた。

それにしてもこうしてモスクワに着いて寝床が確保されているなんて、何て幸せなのだろう。ヴィタリーは約束を守ってくれた。そこに向けてこうして走ってきたが、もしヴィタリーがいなければおそらくモスクワで路頭に迷っていただろう。モスクワのホテルは超高額、というのは有名な話だった。
人の優しさが身に沁みる。

ヴィタリーはいつまでもゆっくりしていけばいい、と言って、私に早く寝るように促す。
積もる話もあるが、甘えて先に寝かしてもらう。
ありがとうヴィタリー。





次は>『リラックス』モスクワ その2 / Москва(2)
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