2008年ロシアの旅 / 2008 RUSSIA touring
※このシリーズは、2008年の旅行記になります。渡航情報や現地の様子などは2008年当時のもので、現在では状況が大きく異なっている可能性があります。また、記憶が曖昧な部分もあり、間違った情報が記載されている事も考えられます。何かの参考にされる方は注意してください。
__________________________________________
5月29日 木曜日
朝。ここはロシア、ハバロフスクのインツーリストホテル。目が覚めても、これは夢ではないだろうか、と思う。非日常の感覚にまだ慣れない。
そうだ、買い出しに行こう。ウラジオストクからここまで来て、足りないものが分かった。XL1200に積載していた大量の荷物は部屋に持ってきているので、身軽で動ける。
窓の外は曇り空だ。カッパを着ていくか。昨日までのダート走行でドシャドシャに汚れているが、仕方がない。晴れたら脱ごう。
ホテルを出て、XL1200がいる駐車場まで歩く。ホテルの周りはやけに静かだ。静かな朝。小鳥のさえずりが聞こえる。気持ちいい。
XL1200は昨日と変わらない姿でそこにいる。盗難やいたずらの心配をしていたが、何事もなかったようでひと安心。
エンジンを掛けると、静寂の朝にXL1200の排気音が響く。私もこれで本格的に目が覚めた。さあ、出発だ。
目的のものはどこにあるだろうか。日本ならホームセンターだな。よし、ホームセンターらしき店を探そう。
ホームセンターらしき店を探しながら、ハバロフスクの街を走る。それにしても、なんていい街なのだろうか。街並みや人を見ているだけで楽しくなる。
そういえば、ウラジオストクではXL1200で自由に街を走ることはなかった。国道M60に向かってまっしぐらだった。そのあとも必死だ。こうやって海外の見知らぬ土地をXL1200で自由に走り回る楽しさが、今ようやく分かった。海外旅行、バイクで来て良かったと実感する。
しばらく街中を走り、坂を上がったり下がったり、同じところをグルグルしている間に、ついにホームセンターのような店を発見した。XL1200を店の前に止め、中に入る。
間違いない、ホームセンターだ。店内をくまなく見て回ると・・・あった、ジェリ缶だ!まずは10リッターのガソリン携行缶、ジェリ缶を手に取り、近くを見渡す。この辺りにあるはずだが・・・あった、ゴム紐!荷物積載用のフック付きのゴム紐だ。日本から持ってきたのは、ウラジオストクを出てすぐにちぎれた。このゴム紐はタフそうだ。シベリアを走るにはこのくらいでないといけない。
目当てのものが手に入って大満足の私は、早速買ったゴム紐でジェリ缶を車体にくくり付け、意気揚々と次の目的地に向かった。
さっき見つけた市場に行こう。
ホームセンターからホテルに戻る方向に走っていくと、市場がある。人が多く、活気に溢れている。観光客も多そうだ。
その観光客の間に割って入り、市場の入り口手前にXL1200を止める。人がわんさか寄ってくるが、気にせず市場に入っていき、目当てのものを探す。
野菜、魚、肉、骨董。ジュースにアイスに民芸品。おもちゃ屋や怪しいおばあちゃん、いろんな売店があるが、私が求めているものはそのどれでもない。
市場の奥の奥に進んでいくと・・・あった、ビスケット!120ルーブル、500円弱で大きな袋にパンパンにビスケットが入っている。持つとずっしりと重い、最高だ。
市場での目的は達した。さあ、あとは・・・。
市場の奥の奥から出口に向かって脇目も振らず歩いていく。何人かに話しかけられたが、決して長話はしない。私にはもうひとつ、行かねばならない所があるのだ。時間が迫っている。
XL1200に跨りながらエンジンを掛け市場をあとにする。
目的地は、昨日の公園の向かいにある。ホテルからも近く、ホテルのフロントでもらった観光案内のパンフレットでその存在を知った。
日本大使館だ。(※)
公園にバイクを止めると、女の子が寄ってきた。少し話をして、バイクに興味があるようだったので、XL1200に乗せてやった。
すると女の子の親父がやってきて、有無を言わさずXL1200にまたがる。
いや、それにしてもXL1200はドロドロだな。
日本を出るときは、新車同然の外観を維持していたのだが・・・。
またすぐ別のロシア人がやってくる。
ふと辺りを見渡すと、まだ数人のロシア人がいて、おそらく順番待ちをしている。
無限ループになるので、このあと急いで大使館に向かう。
ロシア人は本当に人懐っこい・・・。
大使館のインターホンを押し、日本語で名前を言い「日本から来ました」と告げると、すぐにセキュリティーが出てきた。事情を説明すると、中に通された。人生初の大使館だ。
中は広く、天井が高く、飾られた絵画や花も大きく、まさに映画に出てくるような世界だ。大きな窓から差し込んだ光がキラキラと輝いている。広間で待つように言われたが、待っているあいだ、独特の緊張感が私を包んでいた。
しばらくすると大使が出てきた。ひと通り挨拶と自己紹介をして、本題に入る。
聞きたかったのは、道、だ。
バイクでモスクワまで行けるのかどうか、行けたとして、どのくらい日数が掛かるのか。
大使の話では、おそらく道は繋がっていてバイクでも行けるだろうが、ハバロフスクからひと月ほどは掛かるのではないだろうか、という事だった。大体今まで聞いてきた事と同じだ。
今アスファルトを敷いているらしいのだが、そうだとしたら日々状況が変わるだろう。
ビラビジャンからチタまでの2,000Kmダートだという話もあるが、一部はアスファルトになっているらしく、アスファルトの土台を作っている段階の区間もあるようだ。
だがやはり、実際どうなっているのかは、分からないと言う。
しばらく大使と話をしていたが、この大使はロシアが、そしてこの街、ハバロフスクが大好きだという事が分かった。
「やっと慣れてきたところです」と笑いながら言い、ロシア人の事を楽しそうに話す。まだ旅は始まったばかりだが、私もロシア人の事が好きになったので、大使と話していると、とても楽しい。
様々な話をしている中で、大使が衝撃的な言葉を口にした。
「4月の末に日本人が自転車で来ましたよ」
えっ!?チャッ、チャリンコで!?
世界は広く、想像以上に愉快だ。
貴重な時間を楽しく過ごせ、大使に感謝の気持ちを伝え、大使館をあとにした。
(※追記 正しくは、『在ハバロフスク日本国総領事館』です / 2016.03.02)
公園に戻ると、XL1200のそばに女性が立っている。近づいていくと私に気付き、ニッコリと微笑む。今まで出会ったロシア人と何かが違う。英語で話しかけてきた。
名前はナターシャ。年は同じくらいだろうか。ライダースジャケットがよく似合い、ビシッとしていて格好いい。ロシア美人だ。
どこに泊まっているか聞かれ、近くのインツーリストホテルだと答える。電話番号を交換するが、もうチェックアウトの時間が迫っていて、すぐに街を出る事を伝える。
ナターシャは「電話する」とだけ言ってその場を去った。
ホテルに戻って少しくつろぎ、出発の準備をする。荷物が多く、1回では運べないので、まずは大きなコンテナバックを担いで部屋を出る。エレベーターで下に降り、ホテルを出ると、XL1200の横にバイクが止まっていた。
バイクのリアサイドに日本刀が差さっている。しかもナンバープレートが「サムライ」になっている。なんだこれは。
突然、ベンチに座っている男がものすごい勢いで話しかけてきた。
名前はエヴァン。映画に出てくるような陽気でパワフルな男で、なにか不思議な魅力がある。
とりあえずいっぱつハグされて、一気に打ち解けた。刀を差したサムライ、HONDA SILVER WINGはこの男のものだったのだ。
エヴァンは私に何かを伝えようとしているが、その何かが私には分からない。ハバロフスク、バイケル Байкер(バイカー / バイク乗り)は分かるが、その後が分からない。
するとエヴァンは、ついて来い、の仕草をして、ホテルに入っていった。
エヴァンについていくと、エヴァンがホテルのフロントの女に何かを伝えている。フロントの女が紙に何かを書いて、それを私に見せるが、そこに書かれていたのは・・・。
「ハバロフスクの150ねんのおいわいがあります。いっしょにおいわいしませんか?」
日本語でこう書かれていたのだ。ハバロフスクの150周年のお祝い?
エヴァンは真剣な表情で私の目を見つめる。私は嬉しくなり、もちろん「ダー!(イエス!)」と言うと、エヴァンも大喜びする。
携帯が鳴る、ナターシャだ。もうわけが分からない。とりあえず電話に出ると、今からホテルに行く、と言っている。今エヴァンと言う男と会った、と言うと、ナターシャは笑っている。どうやらエヴァンの事を知っているようだ。そうか、エヴァンはナターシャに聞いて私に会いにきたのか。
ナターシャにつられて笑っていると、突然電話の相手が代わった。男だ、なにか叫んでいる。えっ?アンパン?アンポン・・・?アンポンか?
電話の向こうの男は、アンポン!アンポン!と叫び続けて電話を切った。意味が分からん・・・。
運命が大きく動いているのを感じた。目の前で大きく動いているのを、この時はっきりと感じたのだ。
電話の男に圧倒された私は、エヴァンにアンポンと言った。するとエヴァンは笑ってこう答えた。
「アントン」
あっ、そうか、アントンか。自分の名前を言っていたのだ。
エヴァンはハバロフスクのモーターサイクルクラブ、「アムールタイガー」(正式には、アムール大山猫 РЫСИ АМУРА )のメンバーだった。ナターシャもアントンもアムールタイガーだ。
残りの荷物を部屋から出し、チェックアウトの手続きをして外に出ると、バイカーが続々とやってきた。
ナターシャ、一緒にいる大男はアントンだな。遠くの方からラッパで「ゴッドファーザーのテーマ」を響かせながら登場したイヴァン、モデルのような長身のクリスティーナ、子供もいる・・・。
みんなナターシャのひと声ですぐに集まったのだ。
もしあの時間あの公園にXL1200を止めていなければ、ナターシャと出会う事はなかっただろう。当然エヴァンにも、アントンにも。
私はなんて運がいいのだろうか。しかもハバロフスク生誕150周年の直前のタイミング。
そう、お祝いの日は何日か後のようだ。私はこの街、ハバロフスクに滞在する事に決めた。ついさっきまで先を急いでいたが、これは運命だ。
それにしても、平日の昼間から、このロシア人たちはいったい何をしているのだろう・・・。
という事で、今日はナターシャの家に泊まる事になった。その場で一度解散し、その後数人で動く事になった。ナターシャ、アントン、エヴァン、イヴァンだ。
他のみんなにはいったん別れを告げる。明日明後日にまた会うだろう。
アントンに先導されて、ホテルを出発する。ナターシャはアントンの後ろにタンデムしている。そうか、ふたりは夫婦なのか。これから行くのはアントンの家だな。
数十分街を走り、緑の多い地域に入っていく。その緑の中に、アントンの家があった。
猫が出迎えてくれるが、人懐っこい。ロシア人と同じだな。
荷物を降ろすと、すぐに出発だ。どこに行くのだろうか・・・。
洗車場だった。イヴァンがノリノリでXL1200を洗ってくれている。楽しそうだ。XL1200も喜んでいるだろう。
あ、リアウィンカーのレンズが取れている。ま、いっか・・・。
洗車代は誰かが出してくれた。だからいくらか分からない。
家に戻ると晩御飯だ。ナターシャの手料理・・・と思いきや、アントンの手作りだった。
テーブルには醤油と海苔が。どうやらこの夫婦は日本びいきのようだ。
ロシアの味と日本の味で、新しい味覚が開いた瞬間だった。フクースナ!
晩御飯を食べ終えると、アントンが行くぞ、と言っている。これで終わりではなかったのだ・・・。
向かった先はバーニャ ванна 、ロシア式の風呂場、銭湯だった。
金は誰かが払ってくれたようだ。甘えっぱなしだ。
ナターシャも一緒に入るん?と驚いたが、水着着用だった。男たちはパンツ1丁だ。
湯船に大人4人でギュウギュウ。タバコを吸いながら温まったが、ここからが本番だった。
サウナルームのような小屋に入ると、人ひとり横になれる台がある。蒸し風呂のようだ。
アントンに促されるままその台の上でうつ伏せになると・・・バシッ!
「いてっ!」
何が起こったのか分からないが、アントンを見ると、でっかいよもぎの葉っぱのようなものを持っている。その得体の知れない植物で私の体を思いっきりひっぱたくのだ、大男が・・・。蒸気で表情が見えない。
ああ、きっと調子に乗りすぎたお仕置きだ。一瞬本気でそう思ったが、どうやらそうではなさそうだ。アントンが大笑いしている。大笑いしながら、バシバシ私の体をひっぱたく。
一体これが何なのか分からないが、今はもう耐えてやり過ごすしかない。
得体の知れない植物で全身くまなくひっぱたかれた私は、アントンに転がされるように小屋を出る。外にいたナターシャは大笑いしている。
地べたに這いつくばりながらこれはなんだとアントンに聞くと、アントンはこう言った。
「これがバーニャだ!」
気がつくと体の芯からポカポカと温まっていた。植物のせいで体内の毒素が抜けたのか、体が軽い。心も穏やかで、まるで修行を終えた僧侶のような心境だ。
でっかい植物でしばき倒され、身も心も体内も精神も綺麗になったようだ。これがロシア式銭湯、バーニャか・・・。
ロシアの真髄を垣間見た瞬間だった。
あ〜、スッキリしたっ!
家に戻ると、猫が伸びていた。
バイクの置物がある。気がつけば夜の12時。エヴァンは帰るが、イヴァンは泊まっていくようだ。エヴァン、イヴァン、ありがとう。また明日な。
アントン、ナターシャ、お世話になります。
Harley Davidson XL1200 L Sportster Low
ハーレー ダビッドソン スポーツスター ロー
※このシリーズは、2008年の旅行記になります。渡航情報や現地の様子などは2008年当時のもので、現在では状況が大きく異なっている可能性があります。また、記憶が曖昧な部分もあり、間違った情報が記載されている事も考えられます。何かの参考にされる方は注意してください。
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5月29日 木曜日
朝。ここはロシア、ハバロフスクのインツーリストホテル。目が覚めても、これは夢ではないだろうか、と思う。非日常の感覚にまだ慣れない。
そうだ、買い出しに行こう。ウラジオストクからここまで来て、足りないものが分かった。XL1200に積載していた大量の荷物は部屋に持ってきているので、身軽で動ける。
窓の外は曇り空だ。カッパを着ていくか。昨日までのダート走行でドシャドシャに汚れているが、仕方がない。晴れたら脱ごう。
ホテルを出て、XL1200がいる駐車場まで歩く。ホテルの周りはやけに静かだ。静かな朝。小鳥のさえずりが聞こえる。気持ちいい。
XL1200は昨日と変わらない姿でそこにいる。盗難やいたずらの心配をしていたが、何事もなかったようでひと安心。
エンジンを掛けると、静寂の朝にXL1200の排気音が響く。私もこれで本格的に目が覚めた。さあ、出発だ。
目的のものはどこにあるだろうか。日本ならホームセンターだな。よし、ホームセンターらしき店を探そう。
ホームセンターらしき店を探しながら、ハバロフスクの街を走る。それにしても、なんていい街なのだろうか。街並みや人を見ているだけで楽しくなる。
そういえば、ウラジオストクではXL1200で自由に街を走ることはなかった。国道M60に向かってまっしぐらだった。そのあとも必死だ。こうやって海外の見知らぬ土地をXL1200で自由に走り回る楽しさが、今ようやく分かった。海外旅行、バイクで来て良かったと実感する。
しばらく街中を走り、坂を上がったり下がったり、同じところをグルグルしている間に、ついにホームセンターのような店を発見した。XL1200を店の前に止め、中に入る。
間違いない、ホームセンターだ。店内をくまなく見て回ると・・・あった、ジェリ缶だ!まずは10リッターのガソリン携行缶、ジェリ缶を手に取り、近くを見渡す。この辺りにあるはずだが・・・あった、ゴム紐!荷物積載用のフック付きのゴム紐だ。日本から持ってきたのは、ウラジオストクを出てすぐにちぎれた。このゴム紐はタフそうだ。シベリアを走るにはこのくらいでないといけない。
目当てのものが手に入って大満足の私は、早速買ったゴム紐でジェリ缶を車体にくくり付け、意気揚々と次の目的地に向かった。
さっき見つけた市場に行こう。
ホームセンターからホテルに戻る方向に走っていくと、市場がある。人が多く、活気に溢れている。観光客も多そうだ。
その観光客の間に割って入り、市場の入り口手前にXL1200を止める。人がわんさか寄ってくるが、気にせず市場に入っていき、目当てのものを探す。
野菜、魚、肉、骨董。ジュースにアイスに民芸品。おもちゃ屋や怪しいおばあちゃん、いろんな売店があるが、私が求めているものはそのどれでもない。
市場の奥の奥に進んでいくと・・・あった、ビスケット!120ルーブル、500円弱で大きな袋にパンパンにビスケットが入っている。持つとずっしりと重い、最高だ。
市場での目的は達した。さあ、あとは・・・。
市場の奥の奥から出口に向かって脇目も振らず歩いていく。何人かに話しかけられたが、決して長話はしない。私にはもうひとつ、行かねばならない所があるのだ。時間が迫っている。
XL1200に跨りながらエンジンを掛け市場をあとにする。
目的地は、昨日の公園の向かいにある。ホテルからも近く、ホテルのフロントでもらった観光案内のパンフレットでその存在を知った。
日本大使館だ。(※)
公園にバイクを止めると、女の子が寄ってきた。少し話をして、バイクに興味があるようだったので、XL1200に乗せてやった。
すると女の子の親父がやってきて、有無を言わさずXL1200にまたがる。
いや、それにしてもXL1200はドロドロだな。
日本を出るときは、新車同然の外観を維持していたのだが・・・。
またすぐ別のロシア人がやってくる。
ふと辺りを見渡すと、まだ数人のロシア人がいて、おそらく順番待ちをしている。
無限ループになるので、このあと急いで大使館に向かう。
ロシア人は本当に人懐っこい・・・。
大使館のインターホンを押し、日本語で名前を言い「日本から来ました」と告げると、すぐにセキュリティーが出てきた。事情を説明すると、中に通された。人生初の大使館だ。
中は広く、天井が高く、飾られた絵画や花も大きく、まさに映画に出てくるような世界だ。大きな窓から差し込んだ光がキラキラと輝いている。広間で待つように言われたが、待っているあいだ、独特の緊張感が私を包んでいた。
しばらくすると大使が出てきた。ひと通り挨拶と自己紹介をして、本題に入る。
聞きたかったのは、道、だ。
バイクでモスクワまで行けるのかどうか、行けたとして、どのくらい日数が掛かるのか。
大使の話では、おそらく道は繋がっていてバイクでも行けるだろうが、ハバロフスクからひと月ほどは掛かるのではないだろうか、という事だった。大体今まで聞いてきた事と同じだ。
今アスファルトを敷いているらしいのだが、そうだとしたら日々状況が変わるだろう。
ビラビジャンからチタまでの2,000Kmダートだという話もあるが、一部はアスファルトになっているらしく、アスファルトの土台を作っている段階の区間もあるようだ。
だがやはり、実際どうなっているのかは、分からないと言う。
しばらく大使と話をしていたが、この大使はロシアが、そしてこの街、ハバロフスクが大好きだという事が分かった。
「やっと慣れてきたところです」と笑いながら言い、ロシア人の事を楽しそうに話す。まだ旅は始まったばかりだが、私もロシア人の事が好きになったので、大使と話していると、とても楽しい。
様々な話をしている中で、大使が衝撃的な言葉を口にした。
「4月の末に日本人が自転車で来ましたよ」
えっ!?チャッ、チャリンコで!?
世界は広く、想像以上に愉快だ。
貴重な時間を楽しく過ごせ、大使に感謝の気持ちを伝え、大使館をあとにした。
(※追記 正しくは、『在ハバロフスク日本国総領事館』です / 2016.03.02)
公園に戻ると、XL1200のそばに女性が立っている。近づいていくと私に気付き、ニッコリと微笑む。今まで出会ったロシア人と何かが違う。英語で話しかけてきた。
名前はナターシャ。年は同じくらいだろうか。ライダースジャケットがよく似合い、ビシッとしていて格好いい。ロシア美人だ。
どこに泊まっているか聞かれ、近くのインツーリストホテルだと答える。電話番号を交換するが、もうチェックアウトの時間が迫っていて、すぐに街を出る事を伝える。
ナターシャは「電話する」とだけ言ってその場を去った。
ホテルに戻って少しくつろぎ、出発の準備をする。荷物が多く、1回では運べないので、まずは大きなコンテナバックを担いで部屋を出る。エレベーターで下に降り、ホテルを出ると、XL1200の横にバイクが止まっていた。
バイクのリアサイドに日本刀が差さっている。しかもナンバープレートが「サムライ」になっている。なんだこれは。
突然、ベンチに座っている男がものすごい勢いで話しかけてきた。
名前はエヴァン。映画に出てくるような陽気でパワフルな男で、なにか不思議な魅力がある。
とりあえずいっぱつハグされて、一気に打ち解けた。刀を差したサムライ、HONDA SILVER WINGはこの男のものだったのだ。
エヴァンは私に何かを伝えようとしているが、その何かが私には分からない。ハバロフスク、バイケル Байкер(バイカー / バイク乗り)は分かるが、その後が分からない。
するとエヴァンは、ついて来い、の仕草をして、ホテルに入っていった。
エヴァンについていくと、エヴァンがホテルのフロントの女に何かを伝えている。フロントの女が紙に何かを書いて、それを私に見せるが、そこに書かれていたのは・・・。
「ハバロフスクの150ねんのおいわいがあります。いっしょにおいわいしませんか?」
日本語でこう書かれていたのだ。ハバロフスクの150周年のお祝い?
エヴァンは真剣な表情で私の目を見つめる。私は嬉しくなり、もちろん「ダー!(イエス!)」と言うと、エヴァンも大喜びする。
携帯が鳴る、ナターシャだ。もうわけが分からない。とりあえず電話に出ると、今からホテルに行く、と言っている。今エヴァンと言う男と会った、と言うと、ナターシャは笑っている。どうやらエヴァンの事を知っているようだ。そうか、エヴァンはナターシャに聞いて私に会いにきたのか。
ナターシャにつられて笑っていると、突然電話の相手が代わった。男だ、なにか叫んでいる。えっ?アンパン?アンポン・・・?アンポンか?
電話の向こうの男は、アンポン!アンポン!と叫び続けて電話を切った。意味が分からん・・・。
運命が大きく動いているのを感じた。目の前で大きく動いているのを、この時はっきりと感じたのだ。
電話の男に圧倒された私は、エヴァンにアンポンと言った。するとエヴァンは笑ってこう答えた。
「アントン」
あっ、そうか、アントンか。自分の名前を言っていたのだ。
エヴァンはハバロフスクのモーターサイクルクラブ、「アムールタイガー」(正式には、アムール大山猫 РЫСИ АМУРА )のメンバーだった。ナターシャもアントンもアムールタイガーだ。
残りの荷物を部屋から出し、チェックアウトの手続きをして外に出ると、バイカーが続々とやってきた。
ナターシャ、一緒にいる大男はアントンだな。遠くの方からラッパで「ゴッドファーザーのテーマ」を響かせながら登場したイヴァン、モデルのような長身のクリスティーナ、子供もいる・・・。
みんなナターシャのひと声ですぐに集まったのだ。
もしあの時間あの公園にXL1200を止めていなければ、ナターシャと出会う事はなかっただろう。当然エヴァンにも、アントンにも。
私はなんて運がいいのだろうか。しかもハバロフスク生誕150周年の直前のタイミング。
そう、お祝いの日は何日か後のようだ。私はこの街、ハバロフスクに滞在する事に決めた。ついさっきまで先を急いでいたが、これは運命だ。
それにしても、平日の昼間から、このロシア人たちはいったい何をしているのだろう・・・。
という事で、今日はナターシャの家に泊まる事になった。その場で一度解散し、その後数人で動く事になった。ナターシャ、アントン、エヴァン、イヴァンだ。
他のみんなにはいったん別れを告げる。明日明後日にまた会うだろう。
アントンに先導されて、ホテルを出発する。ナターシャはアントンの後ろにタンデムしている。そうか、ふたりは夫婦なのか。これから行くのはアントンの家だな。
数十分街を走り、緑の多い地域に入っていく。その緑の中に、アントンの家があった。
猫が出迎えてくれるが、人懐っこい。ロシア人と同じだな。
荷物を降ろすと、すぐに出発だ。どこに行くのだろうか・・・。
洗車場だった。イヴァンがノリノリでXL1200を洗ってくれている。楽しそうだ。XL1200も喜んでいるだろう。
あ、リアウィンカーのレンズが取れている。ま、いっか・・・。
洗車代は誰かが出してくれた。だからいくらか分からない。
家に戻ると晩御飯だ。ナターシャの手料理・・・と思いきや、アントンの手作りだった。
テーブルには醤油と海苔が。どうやらこの夫婦は日本びいきのようだ。
ロシアの味と日本の味で、新しい味覚が開いた瞬間だった。フクースナ!
晩御飯を食べ終えると、アントンが行くぞ、と言っている。これで終わりではなかったのだ・・・。
向かった先はバーニャ ванна 、ロシア式の風呂場、銭湯だった。
金は誰かが払ってくれたようだ。甘えっぱなしだ。
ナターシャも一緒に入るん?と驚いたが、水着着用だった。男たちはパンツ1丁だ。
湯船に大人4人でギュウギュウ。タバコを吸いながら温まったが、ここからが本番だった。
サウナルームのような小屋に入ると、人ひとり横になれる台がある。蒸し風呂のようだ。
アントンに促されるままその台の上でうつ伏せになると・・・バシッ!
「いてっ!」
何が起こったのか分からないが、アントンを見ると、でっかいよもぎの葉っぱのようなものを持っている。その得体の知れない植物で私の体を思いっきりひっぱたくのだ、大男が・・・。蒸気で表情が見えない。
ああ、きっと調子に乗りすぎたお仕置きだ。一瞬本気でそう思ったが、どうやらそうではなさそうだ。アントンが大笑いしている。大笑いしながら、バシバシ私の体をひっぱたく。
一体これが何なのか分からないが、今はもう耐えてやり過ごすしかない。
得体の知れない植物で全身くまなくひっぱたかれた私は、アントンに転がされるように小屋を出る。外にいたナターシャは大笑いしている。
地べたに這いつくばりながらこれはなんだとアントンに聞くと、アントンはこう言った。
「これがバーニャだ!」
気がつくと体の芯からポカポカと温まっていた。植物のせいで体内の毒素が抜けたのか、体が軽い。心も穏やかで、まるで修行を終えた僧侶のような心境だ。
でっかい植物でしばき倒され、身も心も体内も精神も綺麗になったようだ。これがロシア式銭湯、バーニャか・・・。
ロシアの真髄を垣間見た瞬間だった。
あ〜、スッキリしたっ!
家に戻ると、猫が伸びていた。
バイクの置物がある。気がつけば夜の12時。エヴァンは帰るが、イヴァンは泊まっていくようだ。エヴァン、イヴァン、ありがとう。また明日な。
アントン、ナターシャ、お世話になります。
Harley Davidson XL1200 L Sportster Low
ハーレー ダビッドソン スポーツスター ロー
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