2008年ロシアの旅 / 2008 RUSSIA touring
※このシリーズは、2008年の旅行記になります。渡航情報や現地の様子などは2008年当時のもので、現在では状況が大きく異なっている可能性があります。また、記憶が曖昧な部分もあり、間違った情報が記載されている事も考えられます。何かの参考にされる方は注意してください。
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6月7日 土曜日
スウィートルームの大きなベッドの上で目覚める。支度をしてナシチャとレナにスパシーバと言ってモーテルを出ると、午前9時を回っていた。快適すぎて寝すぎた。
数時間走ると、遠く先に街が見えてきた。チタ Читаだ。ついに2,000Kmの未舗装区間が終わるのかと思うと、少し切なくなってきた。ここに来るまで道は時々アスファルトに変わったが、悪路には変わりなかった。数日悪路を走り続け、ダートの走り方も心得たような気がする。
10人くらいの作業員と、重機が見える。なにやら交通整理しているようだ。近づいていくとまさに今、目の前でアスファルトを敷いている。作業員が行く手を阻み、私が通る道がない。
するとなにやら誘導しているのが見える。アスファルトの上を通れと言っているようだ。確かにそこしか進むべき道はない。
仕方がないので敷きたてホヤホヤのゆるいアスファルトの上を通っていく。アスファルトの暖かさを感じる。ベチョベチョの黒い汁がタイヤに纏わりつく。
ズルズルと滑りながらなんとか半生のアスファルトを通過するが、アスファルトの切れ目の先には、全面こぶし大のバラスが敷かれている。アスファルトでネチョネチョになったタイヤでそのバラス地帯に侵入するが、バラスがゆるくて、深い。フロントタイヤが沈み込み、バランスを崩す。足をついて持ち直そうとするが、踏ん張りが利かない。無理だ、こけよう。
私は極力XL1200にダメージを与えないようにハンドルを持ったまま、ゆっくりと・・・こけた。
チタの街がもう目の前に見えているというのに、こけてしまった。XL1200にも私にもダメージはなかったが、精神的にやられた。これは、くやしい。最後の最後でなんちゅうトラップ仕掛けてんねん。
気を取り直し、バイクを起こす。楽ではなかったが、起きた。荷物満載のXL1200を起こす事が出来たのだ。体力が回復しているのを実感し、少し嬉しくなった。
バラス地帯を脱出して長い坂を下っていくと、そのままチタの街に入った。ここが夢にまで見た到達地点、チタか・・・。
「退廃」
ふとこの言葉が頭に浮かんだ。この街はハバロフスクのような鮮やかな色や華やかさが、ない。土色の曇り空のせいかも知れないが、乾燥している割に空気は重く、ある種異様な雰囲気を醸し出している。ウラジオストクの霧の雰囲気ともまた違う。視界はクリアだが、目に見える全てが土色で、賑やかさが全くない。
チタは治安が悪い、という話も聞いていた。特別危険、という感じはしないが、どうだろうか。人はまばらだ。街の中に行けばハバロフスクのように楽しい事があるかも知れないが、私は先に進む事にした。
さらば、チタ。
迷わず一本道を突き進む。キャンプがしたい。テントを出すのはめんどくさいが、今ならそれも楽しめそうだ。
走りながら親切そうなロシア人を探す。もうなんとなく分かってきた。いかにも人が良さそうなロシア人に声を掛けると、いいキャンプ地があると言う。200Km先にあるアリー Арей だ。そのロシア人はウラジオストクで買った地図に丸印をつけてくれた。綺麗な川があるらしい。
親切なロシア人の言う通りに200Km進むと、「→Арей 」の標識があった。アリーだ。
幹線を外れて右方向に少し進むと、綺麗な川が見えてきた。水面がキラキラと輝いている。川辺の緑も色が濃く、空気も澄んでて気持ちいい。どうやらかなり手を掛けて整備されているようだ。それにしても何て素晴らしい場所なんだろうか。
景色に見とれながら走っていると、カラフルなテントが目に入ってきた。緑が密集している窪地で数人のグループがキャンプをしているようだ。その中のひとりが私に気付き、手招きしている。3メートルほどの急な下り坂だったが、構わず窪地に突入する。いつの間にか度胸がついていた。窪地から出るにはこの坂を登らないといけないが、まあ、なんとかなるだろう。
坂を下ると止まりきれずに木にぶつかる。と言ってもフロントタイヤがガツンと木に当たっただけだったが、ロシア人たちは唖然としている。手招きしていた男もまさか本当に坂を下りてくるとは思っていなかったようだ。みんな大爆笑し、いっきに打ち解け、ウォッカで歓迎を受ける
イヴァン、ヴィエリー、ミーシャ・・・あとは名前が難しすぎて覚えられないが、男3人女3人のグループだった。窪地の空いているスペースにテントを張らせてもらい、念願のキャンプが実現した。
みんなキャンプ好きのようで、装備や食材が充実している。フルーツにパン、肉と魚、生ハムにチーズ、キャビアのようなものもある。その全てとウオッカをご馳走になり、ノリノリのロシア人たちとの贅沢で楽しい時間を過ごす。
私を手招きした男、イヴァンに「仕事は?」と聞くと、イヴァンは服を脱いで上半身裸になり、私に背中を見せてこう言った。
「マフィアだ!」
イヴァンの背中には美しいタトゥーが彫られていた。
ワイワイガヤガヤしているうちに夜が更けてきた。ウォッカで頭がグルグルだ。目が潤んでいるせいで少しぼやけて見えるが、月と星がキラキラと輝いていて綺麗だ。何て素敵な夜なんだろう。
みんな、夜はこれからだ、といった感じでまだまだハイテンションで騒いでいるが、先に寝かせてもらう事にした。
寝袋に入って目を閉じても、テントの外は騒がしい。ウォッカで息苦しいのもあってなかなか寝付けないが、幸せな気分だ。
ひとりでキャンプは心細いが、今夜はひとりじゃない。こんなに楽しいキャンプになるなんて思ってもいなかった。
次は>『バイカル湖を超えて』 イルクーツク / Иркутск
Harley Davidson XL1200 L Sportster Low
ハーレー ダビッドソン スポーツスター ロー
※このシリーズは、2008年の旅行記になります。渡航情報や現地の様子などは2008年当時のもので、現在では状況が大きく異なっている可能性があります。また、記憶が曖昧な部分もあり、間違った情報が記載されている事も考えられます。何かの参考にされる方は注意してください。
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6月7日 土曜日
スウィートルームの大きなベッドの上で目覚める。支度をしてナシチャとレナにスパシーバと言ってモーテルを出ると、午前9時を回っていた。快適すぎて寝すぎた。
数時間走ると、遠く先に街が見えてきた。チタ Читаだ。ついに2,000Kmの未舗装区間が終わるのかと思うと、少し切なくなってきた。ここに来るまで道は時々アスファルトに変わったが、悪路には変わりなかった。数日悪路を走り続け、ダートの走り方も心得たような気がする。
10人くらいの作業員と、重機が見える。なにやら交通整理しているようだ。近づいていくとまさに今、目の前でアスファルトを敷いている。作業員が行く手を阻み、私が通る道がない。
するとなにやら誘導しているのが見える。アスファルトの上を通れと言っているようだ。確かにそこしか進むべき道はない。
仕方がないので敷きたてホヤホヤのゆるいアスファルトの上を通っていく。アスファルトの暖かさを感じる。ベチョベチョの黒い汁がタイヤに纏わりつく。
ズルズルと滑りながらなんとか半生のアスファルトを通過するが、アスファルトの切れ目の先には、全面こぶし大のバラスが敷かれている。アスファルトでネチョネチョになったタイヤでそのバラス地帯に侵入するが、バラスがゆるくて、深い。フロントタイヤが沈み込み、バランスを崩す。足をついて持ち直そうとするが、踏ん張りが利かない。無理だ、こけよう。
私は極力XL1200にダメージを与えないようにハンドルを持ったまま、ゆっくりと・・・こけた。
チタの街がもう目の前に見えているというのに、こけてしまった。XL1200にも私にもダメージはなかったが、精神的にやられた。これは、くやしい。最後の最後でなんちゅうトラップ仕掛けてんねん。
気を取り直し、バイクを起こす。楽ではなかったが、起きた。荷物満載のXL1200を起こす事が出来たのだ。体力が回復しているのを実感し、少し嬉しくなった。
バラス地帯を脱出して長い坂を下っていくと、そのままチタの街に入った。ここが夢にまで見た到達地点、チタか・・・。
「退廃」
ふとこの言葉が頭に浮かんだ。この街はハバロフスクのような鮮やかな色や華やかさが、ない。土色の曇り空のせいかも知れないが、乾燥している割に空気は重く、ある種異様な雰囲気を醸し出している。ウラジオストクの霧の雰囲気ともまた違う。視界はクリアだが、目に見える全てが土色で、賑やかさが全くない。
チタは治安が悪い、という話も聞いていた。特別危険、という感じはしないが、どうだろうか。人はまばらだ。街の中に行けばハバロフスクのように楽しい事があるかも知れないが、私は先に進む事にした。
さらば、チタ。
迷わず一本道を突き進む。キャンプがしたい。テントを出すのはめんどくさいが、今ならそれも楽しめそうだ。
走りながら親切そうなロシア人を探す。もうなんとなく分かってきた。いかにも人が良さそうなロシア人に声を掛けると、いいキャンプ地があると言う。200Km先にあるアリー Арей だ。そのロシア人はウラジオストクで買った地図に丸印をつけてくれた。綺麗な川があるらしい。
親切なロシア人の言う通りに200Km進むと、「→Арей 」の標識があった。アリーだ。
幹線を外れて右方向に少し進むと、綺麗な川が見えてきた。水面がキラキラと輝いている。川辺の緑も色が濃く、空気も澄んでて気持ちいい。どうやらかなり手を掛けて整備されているようだ。それにしても何て素晴らしい場所なんだろうか。
景色に見とれながら走っていると、カラフルなテントが目に入ってきた。緑が密集している窪地で数人のグループがキャンプをしているようだ。その中のひとりが私に気付き、手招きしている。3メートルほどの急な下り坂だったが、構わず窪地に突入する。いつの間にか度胸がついていた。窪地から出るにはこの坂を登らないといけないが、まあ、なんとかなるだろう。
坂を下ると止まりきれずに木にぶつかる。と言ってもフロントタイヤがガツンと木に当たっただけだったが、ロシア人たちは唖然としている。手招きしていた男もまさか本当に坂を下りてくるとは思っていなかったようだ。みんな大爆笑し、いっきに打ち解け、ウォッカで歓迎を受ける
イヴァン、ヴィエリー、ミーシャ・・・あとは名前が難しすぎて覚えられないが、男3人女3人のグループだった。窪地の空いているスペースにテントを張らせてもらい、念願のキャンプが実現した。
みんなキャンプ好きのようで、装備や食材が充実している。フルーツにパン、肉と魚、生ハムにチーズ、キャビアのようなものもある。その全てとウオッカをご馳走になり、ノリノリのロシア人たちとの贅沢で楽しい時間を過ごす。
私を手招きした男、イヴァンに「仕事は?」と聞くと、イヴァンは服を脱いで上半身裸になり、私に背中を見せてこう言った。
「マフィアだ!」
イヴァンの背中には美しいタトゥーが彫られていた。
この写真はアリー・・・ではないです(笑) 写真がないと寂しいので、シベリアの夕焼け(朝焼け?)をどうぞ |
ワイワイガヤガヤしているうちに夜が更けてきた。ウォッカで頭がグルグルだ。目が潤んでいるせいで少しぼやけて見えるが、月と星がキラキラと輝いていて綺麗だ。何て素敵な夜なんだろう。
みんな、夜はこれからだ、といった感じでまだまだハイテンションで騒いでいるが、先に寝かせてもらう事にした。
寝袋に入って目を閉じても、テントの外は騒がしい。ウォッカで息苦しいのもあってなかなか寝付けないが、幸せな気分だ。
ひとりでキャンプは心細いが、今夜はひとりじゃない。こんなに楽しいキャンプになるなんて思ってもいなかった。
次は>『バイカル湖を超えて』 イルクーツク / Иркутск
Harley Davidson XL1200 L Sportster Low
ハーレー ダビッドソン スポーツスター ロー
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